鉄腕DASHの新企画『DASH島』の場所がさっそく特定される 瀬戸内海・由利島 [#takaue55]

ジャニーズ事務所のTOKIOが出演してい体験バラエティー番組「鉄腕DASH」のなかの人気企画コーナー『DASH村』の後をついで『DASH島』がはじまっているが、秘密とされているその島の場所が特定された。そこは、愛媛県松山市に属する島。松山港の沖合の無人島、由利島。由利島(ゆりじま)は伊予灘に位置し、面積0.45平方キロメートルの小島である。大小二つの島が砂州でつながった形をしており、特徴のある形をしているので、特定に時間はかからなかったようだ。実はわたしも、行ったことのあるしまなので、伊予灘のどこかの島ではないかと思っていた。愛媛県や広島県のヨット乗りは、TVを見て、きっとすぐにわかったのではないか。

由利島

弥生時代の土器が出土しており、この頃から人が住んでいたものと思われる。この頃、既に周防国や安芸国、九州との中継地となっていたと見られている。かつては由利千軒と呼ばれるくらいたくさんの人家があったといわれているが、弘安年間(13世紀)に地震(津波とする説もあり)により水没したといわれ、海中にそれをうかがわせる石積みも見えるという。
付近の海域は古くから鰯等の好漁場として知られ、高浜港と二神島との漁民の間で漁場をめぐる争いが絶えなかった。また、近世には紀州の塩津村から漁期のみ人が住み着き、今日でいう入漁料を払って漁労を行っていた。後年、忽那諸島の二神島や長師(中島)だけでなく、安芸の瀬戸村や岩城島(越智諸島)などからも出漁し、争いが絶えず、寛文9年にとりかわされた取り決め文書が残っている。干鰯として加工していた。
次第に二神島から漁民が移り住むようになり、特に昭和初期には好漁が続き、夏の漁期には数百人が暮らしていたという。太平洋戦争時には日本海軍により、大由利に監視台が置かれていた。 やがて不漁となったため、人口も減り、1960年(昭和35年)には人口6人との記録があるが、1965年(昭和40年)にはこの6人も島を離れ、無人島となった。 かつて、連絡用に赤電話が引かれ、出作の人や漁民等の連絡用として用いられていた。家屋型の電話ボックスもあり、無人島の電話ボックスとして有名であったが、利用が少ないため撤去する動きがあり、二神島の住民が費用をもつことで存続されたものの、結局、1993年には不通となり、ついに電話機も撤去された。私が昔訪れたときは、まだこの電話ボックスがあった。なんでも海で遭難して、遭難者が島に生きたまま漂着した時に、救助を求めるのに必要だからと、無人島であっても公衆電話を残していたという。親切なことに、電話の横には10円玉を必ず置いていたと聞く。うみの人間には素敵なエピソードにかんじたものだ。

今日では、釣りを楽しむ人や無人島キャンプに訪れる人が来島する程度。砂州にかつての集落があり、魚干し場や井戸の跡が残っている。また、漁港もある。

http://news020.blog13.fc2.com/blog-entry-2640.html

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