1964年東京五輪 江の島がヨット会場に選ばれたワケ[#takaue55]

 1964年の東京五輪で江の島(藤沢市)がヨット競技の会場に選ばれた裏には、二重の偶然あり-。そんな経緯を分かりやすく解説した企画展「東京オリンピックとふじさわ」が、市文書館で開かれている。当時の文書や写真、記念の品々約70点を展示。五輪を迎え入れる市民のおもてなしの精神や聖火リレーの様子なども伝えている。

 東京五輪の開催50周年を機に、文書館が収蔵資料展として企画した。(1)なぜ藤沢に五輪が来たのか(2)どんな態勢を整えたのか(3)本番を迎えた藤沢の様子-の3テーマについて、当時の県や市の文書、新聞記事などをもとにひもといた。

 当初、ヨット競技の会場としては、米軍の接収地だった横浜市の富岡海岸が有力地として浮上。しかし、返還が実現せず代替地を探す必要に迫られた。

 そこで注目を集めたのが、湘南港築港計画のあった江の島だった。築港計画は江の島対岸の砂浜の浸食対策と、伊豆諸島を結ぶ新規航路開拓が目的だったが、五輪仕様に変更して60年に着工。文書館担当者は「富岡の断念と、もともとあった築港計画という二重の偶然で江の島に転がり込んできた」と指摘する。

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江の島東岸の海を埋め立てて建設が進んだ湘南港(藤沢市文書館提供) 

(10/17 神奈川新聞カナロコより)

http://www.kanaloco.jp/article/79111/cms_id/106891

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